何でこんな関係になったのか。 「……何でだと思う?」 「それを俺に聞くのか。お前は」 ちらり、横目で尋ねると、そいつは苦笑いして答えた。 おれだって、本当はあんたの呼びかけに答えたくなかった。 でも、呼ばれたんだから仕方ないからって、腹を括って出向いてさ。 出会った先で早速小洒落たホテルに連れ込まれて、高価い飯をたらふく食って、ちょっと上等なワインなんかも飲んでみたりして。 部屋に戻ったら、とたんにこれだ。 我ながら、非常識だと呆れちまうだろ? 一人で寝るには広すぎるクイーンサイズのベッドの周りには、二人分の人間の衣服が散らばってる。シャツやズボン、靴下や下着に至るまで、そこかしこに、だ。 上着なんか、ハンガーにかけずにそのまま。 それくらい、おれもそいつも、お互いに餓えてたらしい。 問答無用でベッドに縺れ込んで、唇を合わせる間もなくお互いに触れて、ぞくぞくするほどのぼせ上がって。服を脱ぐ手間すら惜しいと、履いてたカーゴパンツの上から恥ずかしいところをいきなり握りこまれて。 そこから先は、もう理性なんてぶっ飛んだ。 あとはただ、お互いを貪りあうだけのケダモノだ。 おれとそいつが、喰うか喰われるかの詐欺師同士なんて事実も、まったく関係がなくなる。 「なあ」 「何だ?」 呼びかけると、おれを腕の中に閉じ込めたままで低く返してくる。 体格差があるのは何とも言いがたいが、しかし存外に気持ちいいから、文句は言わないコトにしておいた。 「あんたって、メガネ外すと何か雰囲気違うんだな」 「そうか?」 「……うん。何か違う」 撫でつけた髪を乱したまま、奴は笑った。ベッドの傍のサイドボードには、フレームの無いメガネが折りたたんで置かれている。 変な気分だ。 だって、メガネがないってだけで、別人に見えちまう。 「メガネが無い方が男前に見えるか?」 「どっちかっていうと、メガネあったほうが卑猥なエロ親父に見える」 何だそりゃ、と。奴は笑った。 『上品で物腰の柔らかい紳士』と評されている男が、同じ男を抱いている、なんて聞いたら可哀想な建築会社のカモたちはどう思うんだろう。 そのままそっくり言うと、奴はくつくつと喉を鳴らす。 「そんなこといったら、お前はどうなるんだ?」 「……そりゃそうだな」 悔しいが、いとも簡単に納得できた。 確かに、男と寝てる、なんて事実があの辺やあの辺に知れたら、ドン引きされること間違いなし。 「詐欺師を食らう詐欺師が、実は男と寝て」 「しかもその相手というのがシロサギで」 「そのシロサギに喰われてるのがクロサギで」 「うわあ、何だよ。その如何わしいゴシップ記事」 頭を抱えてごろりと寝返りを打つと、とうとう収まりきれなくなった笑いが爆発した。しばらく二人でげらげら笑う。 不思議だ。いつもならこんな下らない冗談で笑わないのに。 あんたとだったら、こんなに自然に笑うことが出来る。 それなのに。 なんで、こんな関係なんだろう? 「だけどさ」 「まだ文句があるか」 大有りだ。 もう一度寝返りを打って奴の腕の中に大人しく収まると、おれは上目遣いで表情を伺う。 「おれにこんなこと教えたの、あんたなんだろ?」 「――そうだ」 「じゃあ、きっちり責任取れよ」 ため息交じりで囁かれて、不覚にも背筋が震えた。 やばい。こいつのこんな声って、どうしようもなく腰に響く。 悟られないように、口調に力を込めて言ってやる。 どうせ、奴はこっちの反応に気付いてるんだろうけど。 「だったら、いい加減俺に落ちろ」 「嫌だよ」 初めて抱かれたあの日から、散々言われた言葉を繰り返されて、おれも同じ言葉を繰り返す。 「あんたに抱かれるのは、嫌じゃない。――けど、あんたに惚れて落ちるのは嫌だ」 「強情だな」 「あんたこそ。――まあ、あんたがシロサギやめるってんなら、考えを変えないことは無いけど?」 「そりゃ、無理な話だ」 肩をすくめて、奴は笑った。 そして、次の言葉は。きっと。 「だったら、お前がクロサギをやめるんだな」 「残念。おれも、そう簡単に足を洗う気はないんだよね」 繰り返された言葉に、同じような答えを繰り返す。 堂々巡りの応酬に、終いには飽きたのか。奴はぐっと力を込めておれの身体を抱き寄せ、耳元で低く。 「――俺は、結構気に入ってるんだぞ」 「……ん。知ってる」 囁いてきた声の響きにぞくぞくして、上ずった口調で返す。 知ってるよ。あんたがおれを気に入ってることくらいは。 そうじゃなきゃ、こんな関係になんて、ならないだろう? 「おれも、あんたとするのは、嫌いじゃない」 「ふうん?」 「あんたの声も、手のひらも、熱も、嫌いじゃない」 「そりゃまたストレートな限定商品だな」 呆れたような声に、まあねと答えて笑った。 四十代、と言う割には案外引き締まった身体に縋り付く。 判ってる。今の関係が、平行線だってことは。 カラダだけの、如何わしいけど単純な関係。 一人寝が寂しくなったら、どっちからでもなく呼び出して、ひたすらお互いだけを貪って、餓えを満たす。 おれたちの関係って、たったそれだけ。 繋がってるのはカラダだけで、心まで繋がっちゃいない。 ふと、悪戯心が湧いて。縋り付いた腕をするりと下ろし、密着してる下半身に伸ばしてみた。 目当てのものを探り当て……おれはしばし絶句。 「あんたって、もしかして絶倫中年?」 だって、さわったそこって、さっきまで散々おれの中を掻き回して、気持ちよくして、何度も頭ン中を真っ白に塗りつぶしてくれやがったのに。 何時の間にやら、すっかり元気に回復してる。 自己主張が激しいことだ。 「そういうお前は、どうなんだ?」 「あ」 と言う間もなく、奴の手も悪戯に動き始めた。背中に回されてたはずの手が滑らかに動き、おれの――いちばん恥ずかしい――ところを、やんわりと撫でてくる。 ダメだよ、そんなに優しくされたら。蕩けるくらい、感じちまう。 見上げると、奴はにやりと人の悪そうな顔で笑ってた。 観念して降参するが、探ってる指はまだまだいやらしく動いてる。く、と入ってきた感触に、おれの身体が勝手に跳ねた。 「こっちは、まだまだ足りないようだな」 耳元で聞こえてくる、低く掠れたイヤラシイ声。 もう、その声だけでたまんなくなるのに。こいつって、どうしてこんな時にはこうなんだろう? いつもは、こっちが腹立つぐらい、鮮やかな手口で哀れなカモからカネを巻き上げるというのに。 ああ、もう限界だ。 どうしようもなく、こいつの燻ってる熱が、欲しくなる。 喉がからからに渇くみたいに。 スポンジが水を吸い上げるみたいに。 「もう一度、欲しいか?」 「……ん。欲しい」 耳たぶを甘く噛みながら問われ、おれは小さく頷いた。 随分と今日は素直だな、と苦笑して、抱きしめてくれる力強い腕。 手を引っこ抜いて、奴の首に巻きつける。近づいてきた唇が、丁寧に丁寧に、啄ばむようにキスをしてくれてる。 その心地いい感触に、おれはうっとりと目を閉じた。 この関係は平行線だ。 これから、どんな風に交わるのか、あるいは全く違う方向へと流れていくのか。 その答えは、まだ出ない。 |