お年頃 「おっと」 「ん?」 ふと足を止める白石に、黒崎は訝しげな顔で振り向いた。 「どうした?」 「いや、まずいな。この先は歓楽街で……」 どうしたもんか、と顎をしゃくっていた。 久しぶりに暇が出来たから、飯でもどうかと誘われたのはこの日の昼。 ちょうどやることも無くて、桂木からの連絡も無いままだらだらと部屋で寛いでいた黒埼は、二つ返事でOKした。 ベテランで、腐敗した大企業の建築会社を専門に騙すシロサギだが、どうしても他の奴らとは違う雰囲気を持つ。 そんな白石を、何故か黒崎はある程度認めてはいる。 時々プライベートで会って、食事に行ったりするのも、そんな彼の雰囲気と、巧妙に隠された気性を知っているからかもしれない。 それはともかく。 「何、まずいことでもある?」 「不味いというか、俺はあの手の空気にはどうにも馴染めないだけでな」 「あんた、クラブでめちゃくちゃモテてんのにか?」 「それはそれ。これはこれだ。それに客引きがうるさいだろ」 「ま、それは認めるけどね……」 心底うんざりしたような口調の白石に、黒崎は思わず苦笑を漏らした。この男にも、苦手なものがあるのだと判ると、何だか意外だと思う。 「でもどうするんだよ。あんたお奨めのショットバー、この通りを突っ切らなきゃならないんだろ?」 「もう一つ通りはあるんだが、遠回りになるしな……困った」 白石が二軒目に、と教えてくれた店は、バーテンダーの雰囲気もよく、酒も飲みやすくて美味いものが多いから、と誘われたのだが。 「……仕方ない。奥の手を使おう」 「……奥の手?」 深くため息をつく白石に、小首をかしげた黒崎が尋ねた。 「社長、いい娘いますよ!」 「いや、こっちですよねぇ、社長!」 「社長、どうです、ここらでパーっと!!」 社長、社長のオンパレード。 黒服に身を固めたいい年のおっさんどもが、我も我もと大声を張り上げる。 看板には、堂々と『ピンクサロン』の文字が踊り、デッサンのちょっと狂ったお姉さんが悩ましげ(?)なポーズをとっている。 「いや、本当に勘弁してくれないかな」 既に一人、白石のスーツの袖を掴んで、引き込もうとする男に、困ったような表情で断りを入れていた。 「本当に、いい娘ばっかりですからうちは!」 「いや、ちょっと困るんだよ。今日は息子と一緒なんで」 白石と男のやり取りを聞いて、黒崎はなるほど、と頷いた。 似てはいないが、親子の振りをして切り抜けようという彼の魂胆に気が付いて、言動にあわせて振舞えばいいわけだ。 「親父、早く行こうぜ。母さんも待ってるし」 同じように腕を引っ張る黒崎。ちょっと『しょうがないなぁ』というニュアンスを含めた表情で言うと、効果は倍増に違いない。 「じゃ、じゃあ。どうです。息子さんと一緒に!」 「は?」 突然こちらに話を振られ、黒崎は困惑する。 自分も自慢じゃないが、どちらかというと女は苦手だ。何を考えているか読みにくいし、ちょっとした言動にもころりと表情を変えるので、やりにくいことこの上ない。 それを見て、白石は苦笑を浮かべてやんわりと断った。 「駄目ですよ。こいつは」 ぽん、と。黒崎の頭を撫でて。 「まだ、17ですからね」 「――だから、悪かったって。あの時は、ああやって切り抜けるしかなかったんだ」 「ふーん。おれは17のガキですか。ふーん」 「本当に、悪かった! すまないと思ってる! だから、ほら。機嫌直せって」 「ええ、どーせ? おれはまだ乳臭いガキですから? むしろガキっぽいですから?」 「黒崎〜……」 白石の仮の棲家となっているウィークリーマンションの一室。 困り果てた白石と、機嫌を斜め四十五度に損ねた黒崎が、そんなやり取りを繰り返していた。 「じゃ、あんたは。そんな17のガキに手を出してあんなことやこんなことを教えるわけだ。ほー。悪い大人だねぇ」 「だからあれは言葉のあやだっての! 頼むからいい加減こっち向いてくれよー……」 そりゃ、男は白石の台詞を聞いて、引きつった顔で退いたおかげで、何とか免れることは出来たが。。 いくらなんでも、その言い訳はどうだろう。 ちょっぴり年齢に関するプライドを傷つけられて、黒崎は未だにご立腹だった。 「ほんっとーに、悪かったって! 今度は絶対あんなことは言わないから!」 「保証なんてどこにもないよなぁ。あんたシロサギだしぃ?」 「わかったってば、今度の時はストロベリープリンパフェとロイヤルチーズケーキつけるから! ああ、あとカスタードプティングシューだっけ? あれもつける!」 「――絶対、今日はやらせてやんないかんな」 「勘弁してくれよ〜!」 滅多に見ることのない、彼の眉を下げて困り果てた顔。 それを横目に見て、悪戯っぽく苦笑する黒崎だった。 ちゃんちゃん。 年齢ネタは外せないだろう、と思いついたネタ。 可笑しいな、白石さんが凄くヘタレに……。 でも時々、これくらいヘタレてくれるといい。 んでもって、最後にはしょうがないなって許してやる黒崎だともっといい。 |