お土産 「黒崎、お土産だよー」 久しぶりに見た店子の女子大生、吉川氷柱の第一声。 その明るい声に、黒崎は玄関まで出てきた。 「お土産? お前、どこ行ってたんだよ」 「えへ。ゆかりとちょっと京都まで」 ふうん、と鼻を鳴らし、黒崎は氷柱の手元の紙箱を眺めた。 「京都行ったら、美味しいシュークリームのお店があるから、是非って勧められて」 彼女の言い分は割とスタンダードだが、甘いものに目がない黒崎にとっては、もってこいのお土産とも言える。箱を開けて綺麗に包装されたシュークリームは、どれも視覚を持って『さあ食べて』と言っていた。 「……で、おれにお土産? お前も物好きだね」 「あ。そう。大家さんは甘いもの苦手でしたか」 「うそうそ。ごめんなさい。大好物です」 冷めたコメントに氷柱の機嫌が急降下して、いそいそと片付けようとする彼女に、思わずその場で土下座する。 結論。甘いものには罪は無い。 ――で。 「……うんめー! 何これ! ありえねぇ!」 一口サイズのシュークリームを口に放り込んだ黒崎は、蕩けるような笑顔でのたまった。 シュークリームの上部に詰まったショコラクリームの絶妙な甘さとほろ苦さのバランス。齧った瞬間にとろりと流れ落ちるその味わいは、なるほど勧められている理由がよく判る。 「んで、こっちがベーシック。まあ食いねえ」 「くぉぉぉ、このカスタードの濃厚な甘味がまた!」 勧められるままがつがつと食べちゃあ唸り、食べちゃあ叫びを繰り返す。 いい仕事だ。 氷柱の持ってきたシュークリームは、どれも黒崎の甘いもの好きの本能を刺激させるのに充分な破壊力を持っていた。 「こちらが、メインイベント。京野菜でーす」 じゃーん、と恭しく箱を捧げ持つ氷柱に、黒崎はちょっと眉を潜める。 「京野菜? それもシュークリームなのか?」 「そうみたい。京野菜をペースト状にして、クリームにしてるんだって」 「ほう」 ひとつ袋を取り出し、びりびりと破いて開ける。 それはやや細長いエクレアのような形で、見た目も非常にシンプルなものだが。 それでは、とばかりに、黒崎はそれをぱくりと食べてみた。 「…………?」 しばらくもごもごして、やがて不思議そうに食べかけのシュークリームをしげしげと眺める。 「……何か、和菓子っぽい感じの味じゃねぇ?」 「え?」 黒崎は破いた包装を取り上げ、成分表を探しているうちに、やがてぽそりと呟いた。 「…………味噌」 「え?!」 「マジで。これ、京味噌だと。……ああ、そっか。確かにそんな感じの味だこれ」 京都ならではの甘い白味噌の味と判って、黒崎はその仕事の高さに頷いた。 「……しかも、何か入ってる。……これ、生麩か」 何度も言うが、仕事の出来がいい。 味噌の甘味と生麩のもっちりとした食感が、絶妙にマッチしている。 最早シュークリーム評論家気分の黒崎は、一口食べてはどうのこうのとコメントをつけ、氷柱も色々と意見を交わす。 しかし。 最後の一個を口に放り込んだ黒崎は、しばらくして妙に複雑そうな顔をした。 「どうしたの?」 「いや、これ……何か微かに土の匂いみたいなのが」 「?」 氷柱が包みを取り上げ、それを読み上げる。 「……堀川ごぼう」 「……なるほど。確かにごぼうだわ。これ」 黒崎は、苦笑いして呟いた。 ちなみに。 氷柱が置いていったその件のシュークリームは。 遊びにやってきた男に半ば無理矢理食べさせたのは、また別のお話。 氷柱ちゃんと黒崎ネタ第二弾。 京都お土産ネタってことで。 話の中で登場しているのは『クレーム デラ クレーム』という実在するシュークリーム屋さんです。 京野菜シュークリームも実在してます。 今は春の野菜に切り替わってますが、冬野菜には本当に堀川ごぼうがあったのです。 ちなみに最後の黒崎の台詞は、まんま相方が言った言葉だったりします(苦笑 |