ある黒猫の非日常な日常



 おや、初めてお目にかかります。
 私は、黒猫です。ええ、見たら判るでしょうが、何となくですよ。お気になさらず。
 ところで、お時間を少し頂いて宜しいですか?
 こうしてお会いできたのも何かの縁。少しばかり、私の話に付き合っていただけませんか?
 ええ、宜しいですか。まあ、つまらない話なんですがね――。


 私は、所謂野良猫でしてね。ええ、もっと小さい頃は、大きな箱に入れられて、みぃみぃとか細く鳴いていたものです。
 母親ですか? いえ、その頃にはとっくに母親はおろか、兄弟すらおりませんでした。ですから、私だけが一匹取り残されていたんですけどね。
 その時でした。今のご主人に拾われたのは。
 あれは、そう。雨がよく降っていました。
 寒いし、ひもじいし、このまま死んでしまうんじゃないか、と思ったものです。
 その頃のご主人は、今とさほど変わりませんでした。――いや、もっと沈んだ目をしておられた、ような気がします。
 私を見て、ご主人はとても悲しそうな、寂しそうな。
 そんな目をして、こうおっしゃったんですよ。
 ――おまえ、おれにそっくりだな。
 ……ってね。
 始めは、何のことだかさっぱり判りませんでした。
 そしてご主人は、私をそっと抱き上げて、両手で抱きかかえるみたいにして、拾ってくださった、というわけです。

 あれから、どれくらい経ちましたかねぇ。
 ご主人のお隣に住み着いた方がね、最近私に名前をくれました。
『じゃあ、クロちゃんね』
 なるほど、私は黒いからクロなんだな、と理解いたしました。
 そういえば、私のご主人の名前は――確か『黒崎』って呼ばれていましたっけ。そこから引っ掛けているのかも知れませんね。
 お隣の方――メスの方なんですが――がね、私のことを呼ぶたびに、ご主人はちょっと難しい顔をなさるんですよ。
 何故ですかねぇ。お隣の方は、私を呼んでいらっしゃるんですが。


 そういえば、最近ですね。
 ご主人、出かけることが多くなったんですよ。
 そのたびに、私を摘んで(これはちょっと止めて頂きたいと思うのですが)お隣のメスの方に託されるわけです。
『悪いけど、ちょっと用事ができたから。こいつのこと、頼む』
 って、おっしゃってね。
 いえ、ご主人もお仕事がおありなので、よく棲家を空けられることがあるのですが、最近とみにその機会が増えたな、と思います。
 その分、メスの方は大層私をもてなしてくれて、たらふくご馳走にありつけるのですから、それはそれで宜しいことなんですがね。
 ああ、でも。
 ご主人は、帰ってくると大体腰の辺りを庇って歩いていらっしゃるようなんですよ。何があったんでしょうねぇ?


「クロちゃーん。ご飯ですよー」
 おっと、お隣のメスの方が私を呼んでいらっしゃる。
 これは、今日もご馳走のようです。早く行かなければ。
 では、私はこの辺で。
 また、何かお話できれば、いつでもお話しますよ。
 それでは、ごきげんよう。




 というわけで、クロ(猫)話。
 猫クロは人格者(猫?)な個人設定。
 読んでたらお判りかと思いますが、彼の言う『メスの方』は氷柱ちゃんのことです。
 そして腰を庇って歩いているご主人(黒崎)は多分白石さんとの逢瀬での朝帰りです。ええきっと。確実に。