一途



ご注意
未来捏造設定です。
メインコンテンツss『歩いていくために』のおまけです。
神志名さん思いっきり片想いです。
ご了承の上お進みください。




「一途、ねぇ」
 頬を押さえたまま、ぽつりと神志名は呟いた。
 軽業のように、さらりとキスをしていった若者。
 黒崎があんな風に笑えるようになったのは、何時からのことだったろうか。
「一時期は、栄養失調起こして病院に担ぎ込まれたほどだったのになぁ」
 その当時は、天地がひっくり返るほどの大騒ぎになった。
 隣に住む検事志望の大学生が見つけたと聞いたとき、そりゃこちらも驚いた。
 担ぎこまれた先の病院に直接出向き、痛々しいほど弱った彼に『この大馬鹿野郎!』と怒鳴って、看護師に強制退室を食らったこともある。
 あとで医師に聞けば、もう一歩遅ければ拒食症を引き起こして下手すれば死んでしまっていたとも言われ、ぞっとした。
「羨ましいよ、まったく」
 死んでもいい、と思うくらい、真っ直ぐ好きになれる心が。
 そして、そうさせるまで彼の頑なな心を開いた、一人の男が。
 思えば、黒崎は誰にも心を開かない奴だった。
 詐欺師に嵌められ、思いつめた父親が一家心中を起こし、たった一人生き残って、選んだのは嵌めた人間たちと同じ詐欺師の道だった。
 裏の世界は、一人で生きるには枷が重すぎる。
 それでも振り返らずに、まっすぐ前を向いて生きてきたのだ。
 どんなに這いつくばっても、傷ついても、泥水を啜ってでも。

「手のつけようが無い飼い犬だよ。お前は」
 尻尾なぞ、ちっとも振りやしない。
 いつも傍若無人に振る舞い、鋭い瞳をぎらつかせ、不敵に笑ってみせる。
 神志名が惹かれたのは、その凶暴なほど鮮やかな顔つきをした若者だったのだ。
 勿論、今でも焦がれている。相手は一切なびく様子もないが、そんな状況を楽しんでいる自分も少なからず存在する。
 それでいいのだ。
 本気を出して落とそうと思っていないし、それが不可能だということも、判っている。
「ま、ちょっとは妬けるか」
 苦笑して、神志名は二本目のタバコをもみ消して立ち上がった。
「警部。こちらでしたか?」
「あ?」
 突然、聞き覚えのある声に振り向くと、先ほど黒崎を呼びに行かせた警察官が立っていた。
「知能犯係宛に被害届が出てます。詳しいことはまだ判りませんが……」
「そうか」
 きびきびとした口調で出された報告に、神志名は小さく頷き、やがてふと微笑んだ。
「……俺も酔狂だな」
「は? 警部?」
「いや、何でもない。すぐに行くと伝えてくれ」
「はい」
 自嘲気味に呟いた言葉を適当にごまかして、彼を下がらせる。一礼して踵を返し立ち去っていく後姿を眺めながら、遠い目をして呟いた。
「特殊捜査員は、あいつ一人だけでは荷が重い、か」
 特殊捜査員は、いわば囮となるための存在だ。黒崎の場合、囮としてカモの振りをして近づいて餌をちらつかせ、被疑者に対する証拠を集めながら嵌めていく。警察という後ろ盾が出来た分、やり口はさらにえげつなくなったが。
 日に日に増えている詐欺師に関する事件は、彼の採用によって検挙率が飛躍的に上がった。だが、黒崎一人で対応できる人数にも限界がある。
 丁度、もう一人くらいは人手が欲しいと思っていたところだ。
 黒崎とほぼ同じか、それ以上の実力を持つ、特殊捜査員。
 自分とも面識があり、かつ、彼がニュートラルな状態で対応できる人選は――あの男しかいない。
 となれば、考えは決まった。思いついた案を簡単に復唱し、顔を上げる。
「ま、せめてもの餞、かな」
 精々暴れてみせやがれ、と嘯いて、神志名は受理された被害届を確認するために足を一歩進めた。


 そこまで一途に想えるのならば。
 その姿を、最後の一瞬まで見届けたい。
 自虐的な片想いは、まだ始まったばかり。




 ビバ片想い(爆笑
 未来捏造序章のおまけでした。
 多分神志名はあの人に黒崎に関する一切合財を暴露してやるでしょう。
 栄養失調まで起こした話はオリジナル設定ですので念のため。