偶然の遭遇 「――お」 久しぶりに取れた休日の前夜、神志名警部補は立ち寄った先のコンビニで意外なものを見つけた。 ただし、見たからといって気分が良くなるわけではない。むしろ眉間の皺が寄って、難しい顔でそれに近づく。 「おう」 「うわ!?」 低い声で呼びかけると、大げさに吃驚した叫び声。 その反応があまりにもおかしくて、つい笑ってしまった。 「迷惑な奴だなー」 「あんたがだっ!」 耳に指を突っ込んで言うと、驚いた側の若者――黒崎が、真っ赤な顔をしてツッコミを入れた。 「で、何やってるんだお前」 「見たら判るだろ?食料調達」 黒崎は答えて、左腕にぶら下げている籠を上げてみせる。 中を覗き込めば、カップラーメンや惣菜パン、菓子類から牛乳などがごちゃごちゃと入っていた。 「――偏った食生活だな」 「ほっとけよ」 しげしげと眺めてコメントをつけると、ぶっきらぼうな口調で短く吐き捨てた。 確かにむかつく奴だ。 しかし今ここで買い物をしているのは、どこにでもいる少し頼りない感じのガキで、とても詐欺師相手に詐欺を働く犯罪者には見えないのが恐ろしい。 いや、これもきっと黒崎の戦略の一つなんだ、と納得する。 「まあ、もうちょっと野菜類摂ろうな。お前」 「……んだよ」 「若いうちからそんな食生活してるとな」 にやあ、と笑って続ける。 「太るぞ」 「……ご心配なく。おれ、あんまり太らない体質なんで」 あっさりと言う黒崎の姿を見て。 それもそうかもしれない、と頷いた。 黒いコートで隠れてはいるが、袖から覗く手首は存外に細い。 そんなに細いのかな、と首を傾げて、両手でわしっと腰のあたりを掴んでみる。 途端、びくりとひきつる身体。 「……うわ、本当に細い」 「……いや、あんた何やってんの」 思わず呟くと、黒崎は呆気に取られた声で言った。 ――ふと。 首筋の辺りに、小さく貼られたバンソウコウの存在に気が付いて。 「おい」 「んだよ」 呼びかければ、訝しげな声が返ってくる。もう少し和やかな対応は出来ないものかと苛立ったが、あえて無視。 「お前、どうしたんだ? 首筋」 「え?」 「……いや、バンソウコウ貼ってるから」 ちょいちょい、と己の首筋の方を指差して言うと、黒崎は何故かばつの悪そうな顔をして、もごもごと言い難そうに答えた。 「……ちょっと、蚊に刺された」 「蚊? まだ春先なのにか?」 「ああ。ちょっとね、でっかいやぶ蚊にやられて」 ……やぶ蚊に。 どういうわけか微かに赤い黒崎の表情を見ながら、ひたすら腕を組んだままで、神志名は苦笑いした。 「――まあ、何だ。お前も大変だな」 その頃。 「ぶぇっくしょい!」 「だ、大丈夫ですか?」 「あ、ああ。……花粉症にでもなったかな」 遠い名古屋の地で、大きなくしゃみを書類で隠したやぶ蚊の張本人が、そう嘯いたのは。 多分、神志名は知らない。 神志名警部補初登場。 朝に書きかけていた奴です。 (出勤前に書くな……) そして何故微妙に白黒前提になってるんでしょうかこれ。 警部補は何だかんだいって構ってやる人だと楽しいです。 出来の悪い(または手癖の悪い)弟みたいに扱って、黒崎にむきーっとされるといいさ! |