懐かない猫



 誰にも懐かず、強くしなやかに生きる猫。
 初めて彼を見たとき、そんな印象を受けた。


 つかの間の快楽の余韻。
 ぼんやりと横になって、眠っている背中を眺めて。
 寝顔が見たいのに、見せる素振りもないその態度に、白石は改めて苦笑した。
 ガードが固い。
 仕方なく、そっと両手を伸ばしその身体を己のうちに閉じ込めてみた。
 いつもならば、背後からの手を払いのけて、こちらを睨みつけて拒絶する強い瞳。
 しかし身じろぎ一つせずに熟睡している様子に、小さく笑みが浮かんだ。
「眠ってる間は、こんなに無防備なのにな」
 ため息をつくように、一人呟く。
 何故、こいつでなくてはならなかったのだろうか。


 いつしか、彼のことばかり考えるようになった。
 仕事の時も、彼の行動を予想して動く自分に気がついた。
 彼ならばどうするか。
 彼ならばどう動くか。
 彼ならばどう仕掛けるか。
 そうして、結局認めざるを得なかった。
 彼に、イカレている自分を。

 美人で気立ての良くて、肉感的な女だったらまだ説明もついたかもしれない。だが、実際本気になったのは、自分の半分も生きていないガキだった。
 おまけに同じ男で、しかも詐欺師を相手に詐欺を仕掛け、陥れるクロサギときたもんだ。
 我ながら、笑ってしまう。
 何故、こいつに参ってしまったのか、と。
 ただ、断言できることは。
 今こうして穏やかに眠る彼を、もっと眺めていたいと思った。


「――俺もヤキが回ったか」
 小さく苦笑した直後、ふと腕の中の身体が身じろいだ。
 力を入れすぎたかと緩めて、様子をじっと見守ってみる。
 やがてのろのろとこちらを振り返り、黒い瞳を細めて眠そうな口調で、呟く。
「……何やってんの」
「いや、別に?」
 やましいことはしていない、とばかりに片手をあげて短く返した。
 はなから信用されているとは思ってはいない。
「人が寝てる間に、変なこと、するなよな」
 低い声で小さく呟くと、頭がばふ、と枕に落っこちて、それきり。
 暫くして聞こえてくる、小さく規則正しい呼吸。
「やれやれ」
 それを注意深く見守って、白石は苦笑した。
 やはり、まだガードが固い。
 肩を丸めている彼の首筋に刻まれた、醜く残った傷跡。
 細く頼りなく、色の白い肌に刻まれたそれ。
 無防備に眠っている姿は、あまりにもあどけなくて小さく、寂しそうに映る。
 けれど、起きれば獰猛な瞳で、獲物を虎視眈々と狙う狩人へと変貌する。
 さながら、黒い翼を広げ、鋭い嘴で腐肉を食らう鷺のように。

 だが、今だけは。
 詐欺師でも何でもなく、ただ一人の『人間』としての彼を見ていたいだけ。
 だから、今日も眠る背中に、小さく呟く。
「――早く俺に落ちろ。この野郎」
 これ以上、俺がお前にイカレてしまわないうちに。
 囁いた言葉は、彼にはまだ、届かない。




 初白石さん視点。
 あんまし甘くなりませんでした。
 黒崎は、猫のような性格だと思います。一人で生きて、死ぬ覚悟の出来ている猫。
 それを白石さんが頑張って手懐けてくれたらいい。
 目指せツンデレ(違